ドラマ『トキメキ☆成均館スキャンダル』『相続者たち』『ゴー・バック夫婦』『サイコだけど大丈夫』‥これらすべての作品で母役を演じている俳優、キム・ミギョン。特筆すべきは、そのほとんどが娘を持つ母という点だ。そんな彼女がつくりだす”母と娘”の距離感とは――。
韓国ドラマファンで、彼女を観たことがないという人はいないのではないだろうか。
時にチャキチャキな母、時に高貴な母、時に時代劇の母‥数えきれないほど”母”として作品に登場している、その名は、キム・ミギョン。
名前は知らずとも、顔を見れば「あ! この人!」となるはずだ。
彼女が母役を引き受けてきた女優陣は、チョン・ユミ、キム・テヒ、チャン・ナラ、パク・ミニョン、コン・ヒョジン、ハン・イェスル‥一部だけでも、錚々たるメンツである。
母娘という関係は、母と息子、父と娘のそれとはちょっと違う。恐らく誰かの母であり娘であれば、きっと共感できる関係性だ。
母と娘が映画やドラマで登場する場合、例外を除けば何らかの因果関係が発生し、感情が複雑に絡み合う。これは近年日本でも、社会問題となっているほど。
キム・ミギョンがそれぞれの”娘”と向き合い、演じた母親像は、作品の数だけ違った性質を持ってその役割を担ってきた。彼女たちにとって、母・キム・ミギョンはどんな存在であったのか、振り返ってみたい。
*この記事にはネタバレが含まれています、ご注意ください。
『サイコだけど大丈夫』(tvN/2020)
キム・スヒョンが除隊後、約5年振りにドラマへ本格復帰を果たした最新作。キム・ミギョンは、キム・スヒョン演じるムン・ガンテの元同僚ナム・ジュリの母スンドクを演じ、またムン兄弟が引っ越してきたアパートの大家だ。
サバサバした性格で、憎まれ口をたたきながらも娘を深い愛情で包み、ムン兄弟やコ・ムニョン(ソ・イェジ)へも人情あふれる優しさで接してくれる。みんなの心の拠り所のような存在として、目に見えない心の病を扱う物語にアクセントを与えた。
彼女の娘ジュリを演じたパク・ギュヨンは、後にインタビューで「私とキム・ミギョンさんの母娘関係がとても良かったと皆さん言ってくださいますが、キム・ミギョンさんが本当にあたたかなぬくもりで私を抱きしめてくれて、本当のお母さんのように接してくださったからです」と、感謝の気持ちを述べている。
『大丈夫、愛だ』 (SBS/2014)
幼い頃、母の浮気現場を目撃してしまい、それが原因で不安障害と回避性パーソナリティ障害を抱えてしまった主演のチ・ヘス(コン・ヒョジン)。精神科医として働きながら、自身の病を克服しようともがく中、人気作家のチャン・ジェヨル(チョ・インソン)と出会い、ぶつかり合いながらも愛を育んでいくラブストーリー。
キム・ミギョンはヘスの母親ヘ・スモに扮し、飲食店を切り盛りする明るい母を演じた。しかし過去に別の男性と浮気しているところを、娘たちに目撃されてしまい、それがきっかけでヘスは心を病み、母を嫌悪するようになる。
ヘスは母の浮気相手が、自身の家族に経済的支援をしてくれたおかげで大学に進学し、医者になる事ができた。それが頭で分かっていても、心が拒否してしまうことに長い間苦しめられてしまう。
しかしジュンヨルと向き合うことで、母の女としての気持ちを少しずつ理解するようになり、ようやく母娘の対立は雪解けに向かうのだった。
キム・ミギョンは母であり女性であること、妻としての苦しい心情を巧みに演じ、ある側面から”悪い母”を見事に表現してみせている。
『相続者たち』(SBS/2013)
本作ではウンサン(パク・シネ)の母で、言語障害を持つヒナムを演じた。
事故で夫を亡くしてから、2人の娘を育てるためになりふり構わず働いてきたヒナム。ある日、キム・タン(イ・ミンホ)の屋敷で住み込みで働くことが決まり、娘のウンサンとともに帝国グループ会長の自宅へ引っ越すことに。
タンの母親と筆談で舌戦を繰り広げるなど、子どもたちのシリアスなシーンとは裏腹に、ユーモラスなシーンとして物語の緊張を和らげた。
言語障害のせいで娘たちに苦労をかけたと、罪悪感を抱きながらも、肝っ玉母さんとしてがむしゃらに子育てしてきた。その辛い胸の内と、母として強気にふるまう緩急分けた芝居は、視聴者の涙を誘った。
ゴー・バック夫婦 (KBS/2017)
2017年、学生時代に合コンで出会った夫と離婚を決意したジンジュ(チャン・ナラ)だったが、翌日目を覚ますと1999年にタイムスリップしていた。人生をもう一度やり直そうと夫と別の道を歩もうとするが互いに存在が気になってしまい‥。
未来を知っているジンジュは、大好きな母ウンスク(キム・ミギョン)が10年後に亡くなってしまうことを知っているため、悔いを残さないために過剰な愛を注ぐ。そんな娘の異変に、母が気付かないわけがなかった。
ジンジュの日記を読んでしまい、すべてを悟ったウンスクは、ジンジュを抱きしめながら静かに別れを告げる。同じ母になった娘の気持ちに寄り添うシーンは、誰しもが号泣せずにはいられないだろう。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019)
映画への本格出演は、およそ8年ぶりとなったキム・ミギョン、やはりここでも母役を引き受けた。
主演のキム・ジヨン(チョン・ユミ)の実母ミスクに扮し、息子ばかりに関心を向ける夫に辟易し、ジヨンに「好きなように生きろ」と促す。しかし、この言葉さえも母の情念が込められた”言霊”であり、彼女の心を蝕む原因の一つだった。
心が壊れてしまった娘を見て絶望するミスク。時折”誰か”になってしまうジヨンは、ミスクの前で祖母となり母を労わる。
この瞬間、号泣するミスクもまた娘として、妻として苦しんできた過去があったのだと実感させ、涙なくしては観られないシーンだ。
そして本作での熱演が認められ、キム・ミギョンは『春史映画祭』で助演女優賞を受賞することとなった。
ある韓国メディアのインタビューで、キム・ミギョンは演技について次のように語っている。「私がただ一つ演技する上で守ってきたのは、真心を込めて本気で芝居をするということ。物語に共感してくださったとすれば、私が心から感じた感情を演技に込めた部分が伝わったからではないだろうか」
また、自身も姉妹であり娘の母であることから「女手一つで私たち姉妹を育ててくれた母の苦労は見当がつかないほどだ。そして自身も娘の母になった時、世の中のすべての事からこの子を守らなければと思った」というように、縁をもって作品の中で親子となった俳優たちに、本当の母親として真剣に向き合っていることが伺える。
これからきっと、まだまだ誰かの”母親役”として彼女が見られると思うと、それがどんな役割であっても楽しみで仕方がない。
愛すべき”母俳優”だ。
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