8月27日に公開された『D.P.』は、脱走兵を捕まえる軍務離脱逮捕組(Deserter Pursuit)のアン・ジュノ(チョン・ヘイン)とハン・ホヨル(ク・ギョファン)が、様々な事情を抱えた人たちを追って、未知の現実に向き合うストーリーを描く、6部作のNetflixオリジナルシリーズだ。
既に除隊した先輩、ファン・ジャンスの拉致に成功した後輩、チョ一等兵。
チョ一等兵は現在、ファン・ジャンスに復讐するため、勤務中の部隊を*脱営して、軍の捜査官に追跡されている。
*脱営:兵士などが、軍の営舎を逃げてぬけ出すこと
そして、自分に苛酷ないじめを繰り返したファン・ジャンスの頭に銃口を向け、こう聞く。
「何故、私にそんなにひどい事をしたんですか?」
ファン・ジャンスから帰ってきた答えは、
「あなたには、そうしてもいいと思った・・」
呆れたことに、ただこれだけ‥。
Netflx新作『D.P.』が社会に投げたメッセージ
韓国の男性なら、誰もが約2年間の”兵役の義務”を果たさなければならない。
現在も、約60万人を超える若者が、現役兵士として服務している。
『D.P.-脱走追跡官-』は、その60万人もの現役兵士の苦情を代弁するドラマである。
このドラマは一見、軍営から脱走した兵士を追跡して逮捕する、迫力あるサスペンス・スリラーかと思われるが、その要素は多くない。軍営内のいじめに耐えられず、鉄柵を越えてしまった哀れな兵士たちの物語なのだ。
脱営した兵士を追跡し、部隊に連れ戻すという任務を任されたチョン・ヘイン演じるジュノ。
彼も、新入りの兵士なら誰しもが味わう苦難を経験してきたため、脱営した兵士の気持ちは誰よりも理解している。
だからジュノは、逮捕に追い込まれた兵士が誤った選択をしないよう、こう声をかける。
「あなたを助けるから! そのために来た」
いじめは、世界のどこにでもあるという事実
ドラマや映画の背景として、たびたび登場する韓国軍隊のシーン。
日本の視聴者の目には、馴染みのない”別世界”であり、特殊な組織のように映るだろう。
軍隊は戦争に備え、強い兵士を養成する組織であるため、厳しい上下関係に基いた独自の”鍛え方”が許される。しかし、人間は”力の優劣”を認知した瞬間、それを悪用してしまう習性を持っている。
“力”を持った者は、自分よりも弱い者を気兼ねなくいじめる。暴力、暴言、仲間外れ‥手段を選ばない。そして被害者は、”落伍者”と後ろ指を指されることを恐れ、その事実を1人で抱え込んでしまう。弱い人間はもはや、強い人間の”力の誇示”の対象物に過ぎなくなる。
権威を見せつけ、力を誇示したいという感情が、いじめを生むのだ。
残念ながら”韓国軍営”という地獄は、我々が住む”世界”にも存在する。
同級生からの暴力に怯える学生、仲間外れに遭い、透明人間扱いされる会社員、クレーマーのしつこい電話に心折れる店員、保護者の苦情に悩む教師‥彼・彼女らは、誰かの”力の誇示”による犠牲を強いられている、1人の”韓国兵士”なのだ。
いじめる側からいじめられる側へ
前出のファン・ジャンスは、除隊後(チョ一等兵に拉致される前まで)コンビニのアルバイトに就く。
そして、コンビニの新入りとなったファン・ジャンスは「仕事ができない、ろくでなし」「採用するんじゃなかった」と、コンビニのオーナーから暴言を吐かれる。
ファン・ジャンスは別の社会で結局、新たな”力関係”で劣等側に立たされてしまうのだ。
チョ一等兵に拉致されたその日も、コンビニオーナーの暴言は続いた。
仕事を終え、自宅に戻ったファン・ジャンスはこう呟く。
「くそ! 軍隊にいた時は良かったな‥あそこでは帝王だったのに」
彼には過去の反省などない。むしろ、復讐のために忍び込んだチョ一等兵の前で、堂々とした態度でこう叫ぶ。
「おい! まだ俺のことが怖いのか?」
いじめをした人間が、いじめられる側に立たされても、被害者の”痛み”に対しては1ミリも罪悪感を持たないという、人間の真理を見事に描いたシーンだ。
人間は、自分にとって不都合な記憶--例えば「自分は悪くない」と、罪悪感を排除しようとする本能を持っている。
ここで突然、疑問が1つ頭をよぎる。
「私も誰かにとって、ファン・ジャンスではないだろうか?」
弱い誰かに自分の権威を見せつけ、力を誇示しながら、優越感に浸ってはいないだろうか‥? 時には自身も、誰かの前で弱い立場になるのに、自分より弱い者への罪悪感を1ミリも感じていない人間ではないだろうか‥?
『D.P.-脱走追跡官-』を見ている間、終始自分と向き合う時間だった。
***
このドラマは、そんな人間のエグい部分をまざまざと見せつけるドラマだ。
しかも短い時間ではあるが、省察の時間を設けてくれるという‥それが観た者にとって、良い時間だったかどうかもまた、1人1人の生まれ持つ性格にかかってくるのだが。
最初は、ファン・ジャンスという役に対して「ひどい人間だね」と、辟易とした気持ちを抱くが、次第にファン・ジャンスという人間に、自身を投影していくという、妙な体験をさせてくれる。まるで、防犯カメラの映像に映っている自分自身を見ているような、”客観的な”気分になる。
我々の大多数は、人をいじめたりなんかしない善良な人間だ。だがそれは、ファン・ジャンスのように、本性により罪悪感の削除、もしくは記憶の編集ではないだろうか。
自分自身に聞いてみよう。客観的な答えを聞くためには、”私”ではなく”あなた”を用いて質問してみよう。
「今、あなたは誰かをいじめていませんか? 」
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