‘ザ・キング 永遠の君主’が第3話まで放送を終え変わらず安定的な視聴率を獲得する中、浮き彫りになったキム・ウンスク離れ。韓国のポータルサイト1boonで「キム・ウンスク離れ」への考察を盛り込んだ記事が反響を呼んでいる。果たしてその理由とはーー。(※キム・ウンスク:‘ザ・キング 永遠の君主’を執筆した女性作家)

‘ザ・キング 永遠の君主’の3話が放送される24日の前日に、韓国ポータルサイト1boonでは「ザ・キング 永遠の君主で確認できた一つの事実」と題した記事が掲載され、‘キム・ウンスクワールド’に疲れを訴える多くの韓国視聴者から反響を呼んでいる。

同記事は、韓国ドラマ界の’スター作家’キム・スヒョンの誕生から彼女の時代が終焉を迎えた理由で話を切り出している。

韓国ドラマ界初の’スター作家’の誕生

時代を代表するドラマ作家がいる。
作家は作品の中で、何度も何度も自身の世界観や価値観で染める。それが時代と絶妙にマッチングした場合、私たちはその作家の名前の後ろに‘ワールド’という修飾語を付ける。
少し前まで、私たちにはキム・スヒョンがいた。まさに‘絶対的存在’だった彼女は、過去40年もの間に絶えず描き続けたのは‘家族’だった。

キム・スヒョン

ドラマ作家 キム・スヒョン(画像出典:Youtube SBSドラマ)

キム・スヒョンが描き続けたもの

いわゆる、‘キム・スヒョンワールド’のベースは‘家父長制’だった。主に最も権威ある話を中心に物語は進み、‘素晴らしい家父長制’を保護するという結論につながる。かといって、キム・スヒョンの家父長制を甘く見てはいけない。

キム・スヒョン代表作「愛が何だって (사랑이 뭐길래)」

1991年に放送されたキム・スヒョン代表作「愛が何だって (사랑이 뭐길래)」韓国特有の家父長制が描かれている(画像出典:MBC)

‘キム・スヒョンワールド’は権威ある強さが存在するが、この権威だけでは解決できない問題(家族の離婚、母親の役割、同性愛)を扱っている。その方法は、全面的な受け入れだった。かなり破格的で、かなり前衛的だった。しかし、結果的にキム・スヒョンが描いた全面的な受け入れは、家父長制内での受け入れだったという点で、彼女のドラマはある瞬間から退屈になった。時代的限界を表したのである。

キム・スヒョンの粘り強い悩みを尊重しながらも、物足りなさが残るのはそのせいだろう。それなら今、私たちのそばに誰がいるだろうか。断然キム・ウンスクが浮かび上がる。少し大げさに言うならば、私たちはキム・ウンスクの時代を生きていると言っても過言ではない。それほどまでに‘キム・ウンスクワールド’は大衆から幅広い支持を受けている。

社会現象になったドラマ

‘シークレットガーデン’は社会現象になった。(画像出典:SBS シークレットガーデン 公式サイト)



キム・ウンスクワールドの台頭

‘バリの恋人’(2004)から‘シークレットガーデン’(2010〜2011)、‘紳士の品格’(2012)、‘相続者たち’(2013)、‘太陽の末裔’(2016)、‘トッケビ’(2016〜2017)、‘ミスターサンシャイン’(2018)に至るまで、‘キム・ウンスクワールド’の領土拡張は休みなく続いた。視聴者と話題性を同時につかみ、これらの作品はシンドロームとともに社会的反響を起こしたのだ。

最終回の視聴率は57.4%(AGBニールセンメディアリサーチ)

最終回の視聴率は驚異の57.4%!(AGBニールセンメディアリサーチ)(画像出典:SBS ‘パリの恋人’公式サイト)

圧倒的勢いで、多くの視聴者は虜になった。その結果、キム・ウンスクは2017年‘第53回百想芸術大賞 テレビ部門大賞’を獲得する。作家が‘ワールド’の建設者としてその存在感を証明する象徴的な出来事だったが、実際はさして大きな驚きはもたらさなかった。なぜなら、すでに彼女の力は万人に認められていたからである。

貫き続けるキム・ウンスクの世界観

果たしてキム・ウンスクの‘ワールド’とは、一体どんなところだろうか。

宿命を背負った高校生たちの青春ロマンス

宿命を背負った高校生たちの青春ロマンスを描いた‘相続者たち’(画像出典:SBS ‘相続者たち’公式サイト)

すでに気づいている者はいるだろう。なぜなら世界観、価値観、登場人物は‘パリの恋人’から最新作の‘ザ・キング 永遠の君主’まで一貫して繰り返されているのだから。

いわゆる‘キム・ウンスクワールド’と呼ばれている世界は、徹底的に‘男性中心的世界’なのである。

彼女の作品の中心軸は、間違いなく男性だ。‘太陽の末裔’ではユ・シジン(ソン・ジュンギ)は災難が近づいた時、犠牲の精神を発揮するアクションヒーローであったし、‘トッケビ’はチ・ウンタク(キム・ゴウン)のために自らの命を捧げる超越的存在であった。‘ミスターサンシャイン’のユージン・チョイ(イ・ビョンホン)は、悲壮美あふれる民族の英雄として熱く燃えていた。

除隊後の復帰作が軍人で高い好評を得た

除隊後の復帰作が軍人役で高い好評を得たソン・ジュンギ(画像出典:KBS2 ‘太陽の末裔’公式サイト)

‘シークレットガーデン’と‘相続者たち’でも、男性主人公は財閥の息子として描かれる一方、女性主人公は逞しさに鍛えられた‘キャンディ型人物’で、物語前半では‘白馬に乗った王子様’を拒絶するが、最終的には彼らが放った蜘蛛の糸から抜け出せなくなっている。もちろん、結末はハッピーエンドだ。

キム・スヒョン作品の‘キツツキ式おしゃべり’に生き苦しさを感じたように、キム・ウンスク作品のシャレも、すでにこれ以上楽しむことができない。

時代錯誤な女性像

‘ザ・キング’も、過去作品と大幅に異なる点はない。むしろ露骨になったくらいだ。並行世界という途方もない世界観を生み出してきたが、キム・ウンスクが見せたいのは結局、富と権力を持った若い皇帝であり、イ・ミンホのロマンスに過ぎないのだ。しかも表現をぼやかすどころか、本作では堂々と白馬に乗って現れた。
男性主人公の既視感もさることながら、女性主人公もデジャブを感じさせた。チョン・テウル(キム・ゴウン)はよどみない。言いたいことも言う。さらに警察官として優秀だ。しかし、そこまでだ。結局、彼女はイケメン皇帝の甘いメロのために、ほどよく生み出されたという印象を与えるだけなのだ。男性主人公の行動に反応するほかないのだ。

もう一人、並行世界である大韓帝国には初の女性首相、最年少首相ク・ソリョン(チョン・ウンチェ)が存在する。ところが、その首相の最初のセリフは金属探知機を通過して「ワイヤーがないブラジャーは胸を支えてくれないの」なのにはがっかりした。まがりなりにも初の女性首相をつかまえてブラの必要性を強調させるなんて、時代錯誤もいいところだ。

とうとう本当に「白馬の王子様」が出現してしまった‥。

とうとう本当に「白馬の王子様」が出現してしまった‥。(画像出典:SBS ‘ザ・キング 永遠の君主’公式サイト)

国民から選出されたはずの女性首相が自分の政策を広げずに、皇帝の寵愛を受けようと努力しているのはなんのためだろうか。

女性たちの存在理由は、イ・ゴンの存在を引き立てるだけなのだ。‘シークレットガーデン’のハ・ジウォンや‘紳士の品格’のキム・ハヌル、‘相続者たち’のパク・シネがそうであったように‥。

キム・ウンスクは1973年生まれで、江原道江陵市という海と緑に囲まれた土地で幼少期を過ごす。1970年から1980年の韓国は経済成長をしながら、ソウルは高層建築と農村が混在するという不思議な風景があった。1988年にはソウルオリンピックが開催され(ドラマ‘応答せよ1988’がまさにその時代背景を描いている)、多感な時代は新しいものがどんどん出現した時である。

そんな時代背景が影響しているかどうかは憶測の域を出ないが、家父長制の中で育ってきたであろう彼女が抱いていた願望(というべきか、親からそのような思考をすりこまれてきたか)が、描き出す作品に影響を与えていることも否定はできない。

あるいは顔も良く、スタイルも良い芸能界という世界の中に住む彼らを美しく描く手段として、あえて男性主人公に高貴な称号を与えているのか‥。

現在も根強い人気がある

現在も根強い人気のある‘トッケビ’(画像出典:tvN ‘トッケビ’ 公式サイト)



‘キャンディ型世界’から巣立つ時が来た

これまで私たちは、‘キム・ウンスクワールド’の中で泣いて笑った。熱烈に応援もしたし、その甘さで胸が破裂しそうにもなった。しかし、昨今は不快感訴える声も急増し始めている。‘ザ・キング’を観た視聴者の中には「女性を男性のロマンスツールにするから彼女のドラマは観たくない」「‘ザ・キング’は女性卑下的ドラマ」「キム・ウンスクはなぜ時代を戻そうとするの?」「作家も時代遅れになると自然淘汰されるしかないよね」「キム・ウンスクが時代の流れを読んで、良い影響を与える作品を作ってほしい」「白馬に乗ってくるなんて、彼女も終わったね」

予定調和でも見惚れてしまう帝国の王子

予定調和でも見惚れてしまう帝国イ・ミンホの姿。(画像出典:SBS ‘ザ・キング 永遠の君主’公式サイト)

2019年、私たちはtvNドラマ‘検索ワードを入力してください:WWW’でペ・タミ(イム・スジョン)という素敵な女性の出現を目撃した。彼女は「私の願望は私が作っている」と一喝した。

今この時、私たちは決断が必要な時ではないだろうか。‘家父長制’を描き続けたキム・スヒョン時代を越えなければならなかったように、キム・ウンスクを越えなければならない時間が来ているのだと。

ただ、過去の作品を含め高視聴率であるということは、彼女の描く世界が好む視聴者もいるということ。日本でも、予定調和なのに長寿番組として愛されているドラマ‘水戸黄門’や‘相棒’があるように、変わらぬテンポが心地良いという人間が少なくとも存在することを忘れてはいけない。

メディアはそんなバランスをとりながら、楽しいドラマやエンターテイメントを提供し続けることが使命なのだから。