5月7日より、HYBE社屋の前にあるバス停には、ジミンを応援する広告が設置され注目を浴びている。ジミンへの応援の声は、入社記念日の5月10日が近づくにつれてさらにピークを迎えると見られる。

世界的な人気を誇るK-POPアイドルグループBTS(防弾少年団)は、日々新しい歴史を刻んでおり、その足跡は新しい”記念日”を生み出している。

世界的なアイドルグループに成長を遂げたBTS

デビューから8年、世界的なアイドルグループに成長を遂げたBTS(画像出典:BTS公式SNS)

毎年、グループのデビュー日やメンバーの誕生日、ヒット曲の発売日が迫ってくると、SNSやオンラインコミュニティーでは、お祝いの声が溢れる。もう一つ、ファンが忘れずに祝うのが、Big Hitエンターテインメント(現 HYBE、以下 HYBE)の入社日である。

HYBE社屋の前に登場した広告

9年前の2012年5月15日は、メンバーのジミンがHYBEに入社した日であり、世界のファンにとっては”特別な1日”になる。

その背景もあってか、現在HYBE社屋の前にあるバス停には、ジミンを応援する広告が設置され注目を浴びている。

5月7日、ジミンをサポートするファンコミュニティー(@ALLFORJIMIN_KOR)は「BTSカムバックとデビュー8周年を祝うとともに、ジミンを応援するため、HYBE社屋の向かい側のバス停に1カ月間、広告を出す」と、広告の趣旨と期間を告知している。

ジミンへの応援の声は、入社記念日の5月10日が近付くにつれてさらにピークを迎えると見られる。

9年前、入社のために上京したジミン

2012年、16歳(日本年齢)となったジミンは、釜山で開かれた当時Big Hitエンターテインメントの公開オーディションに合格して上京を決める。

幼い頃のBTSメンバー

アイドルデビューという夢を抱き集まった幼い頃のBTSメンバー。一番右がジミン(画像出典:韓国オンラインコミュニティー)

釜山芸術高校の舞踊を専攻していたジミンは、トップの成績で入学した逸材として、学校の先生たちからの評価も高かったという。

実はこの先生たち、ジミンの芸術的な能力と感受性を惜しんだあまり、アイドルへの道を反対していたようだ。将来有望な舞踊家の誕生を期待していた先生たちには、”アイドル”になりたいという生徒の夢は、容易に受け入れられるようなものではなかったのかもしれない。

"芸術するアイドル" ジミン

“芸術するアイドル”という新造語を誕生させたジミン(画像出典:BTS 公式SNS)

“アイドル”という夢を実現させるため、先生たちの反対を押し切り、上京したジミンは9年後、世界を驚かせるビッグアイドルへと成長を遂げている。そればかりか、芸術性と感受性を兼ね備えたステージパフォーマンスにも挑戦、”芸術するアイドル”という新造語を誕生させた主役でもある。

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2012年当時、韓国を代表する舞踊家の誕生を期待していた高校の恩師たちにも”納得”の結果だろう。




BTS

BTS(防弾少年団)は2013年6月13日にデビューした韓国の7人組男性アーティストグループで、パン・シヒョクのプロデュースにより誕生した。

HYBE(旧Big Hitエンターテインメント)所属。

デビューアルバムは『2 COOL 4 SKOOL』、デビュー曲は『No More Dream』。グループ名の”防弾少年団”には、10代、20代に向けられる抑圧や偏見を止め、自身たちの音楽を守りぬくという意味が込められている。

ハングル表記は”방탄소년단(バンタンソニョンダン)”から”バンタン”と呼ばれることが多い。

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